- City walls(城壁巡り)
- テラコッタ瓦
- Western Outer Wall(ドゥブロヴニク旧市街の西側外壁)
- 美しいアドリア海
- 城壁の修復工事
- Pomorski muzej(ドゥブロヴニク海洋博物館)
- Galerija Dulčić Masle Pulitika(ドゥルチッチ・マスレ・プリティカ美術館)
📍City walls(城壁巡り)
この城壁は、かつての独立国家 ラグーサ共和国 が海や陸からの侵攻に備えて築いた防御システムで、今日では「ヨーロッパで最も保存状態の良い中世城壁」と言われています。
ドゥブロヴニクパスにはもちろんこのシティーウォールが含まれていて、中でも一番人気のアクティビティです。
城壁は12~17世紀頃に建設され、全長約2㎞です。

地図の⑨はオールドタウンの正面入り口で一番混雑する場所です。真裏の①周辺から開始しました。

10~11時頃に歩き始めました。城壁は人が二人並んで歩けるくらいの幅です。とっても天気が良く、日差しが痛いくらいでした。歩きやすい靴、日焼け対策、水分補給の準備をしっかりしてきましょう。

歩き始めてすぐ見えるオレンジ色の屋根は、ドゥブロヴニク特有のもので、テラコッタ瓦でできています。これはアドリア海沿岸で伝統的に使われており、焼くことで土の鉄分が赤~オレンジ色に変化します。多くの屋根は1991〜1992年のクロアチア独立戦争後に修復され、戦後の新しい瓦はより明るいオレンジ色で、古い屋根と混ざって見えるのです。旧市街は空爆で約2/3の屋根が破壊され、新しいテラコッタ瓦が使われたそうです。

ドゥブロヴニクは ユネスコ世界遺産(1979年登録) に指定されています。そのため、屋根の色・形・素材に関して厳しい規制があり、新築や修復の際も必ずオレンジ色の瓦を使用しなければなりません。屋根の勾配や瓦の積み方まで細かく定められており、結果的に統一感のある美しい街並みが維持されています。
📍Western Outer Wall(ドゥブロヴニク旧市街の西側外壁)

歩いているとテラコッタ瓦ではない遺跡の様なものがありました。この城壁群と呼ばれるものはオールドタウンが北へ拡張された13世紀に築かれ始めました。海側および平野側の防御のための重要な部分です。1351年に「西側外壁」が建設され、主要城壁を強化しました。1455~1465年にかけて、火器に備えて壁が厚化され、最大4.5メートルとなった箇所があります。16世紀以降、砲撃用の銃眼や地下のカセマートなどが追加され、城壁防御が近代化されたそうです。上の地図での⑩~⑪あたりです。
📍美しいアドリア海

美しい光景は城壁の外にも広がり、特にクロアチア沿岸のアドリア海は「オリゴトロフィック(貧栄養海域)」と称されます。これは、海水中の植物プランクトンや有機物が非常に少なく、濁りがないことを意味します。そのため、光が深くまで届き、海の色が澄んだ青やエメラルドグリーンに見えるそうです。
海が綺麗すぎたので調べてしまいました。

オレンジのテラコッタ瓦と崖、そして美しい海のコントラストは今まで見た景色の中でもかなり上位です。クロアチアの海岸線では「清浄な海水(Blue Flag Beaches)」という環境基準があり、排水や観光船を厳しく規制しているそうです。美しい景色は人々の手によっても守られています。
📍城壁の修復工事

城壁 は、見た目こそ中世のままのように感じられますが、今も継続的に修復・保全工事が行われています。
1667年の大地震ではオールドタウン全体が壊滅的被害。多くの塔やバスティオンが崩壊。それらを17〜18世紀にかけて再建しました。その後に1991〜1992年のユーゴスラビア紛争(クロアチア独立戦争)では砲撃で、城壁や屋根、門、塔など約60%が被害を受けました。 戦後、ユネスコとクロアチア政府の協力で復元プロジェクトが開始したそうです。ユネスコ世界遺産に登録されて以降は、石材の交換・再補修、排水や水分対策、観光対応の整備が行われています。
📍Pomorski muzej(ドゥブロヴニク海洋博物館)

こちらは海洋博物館です。14~19世の海洋共和国ラグーサ時代、ドゥブロブニクのヴェネツィアに次ぐアドリア海の海運国家として繁栄していた歴史を学ぶことができます。紀入り口にも大きなアンカーが展示されています。(地図上⑮)

これらは 航海中に使われていた皿やカップ、貴族や商人の家で使われた豪華な食器などです。 陶器製・金属製のものが多く、当時の船員の生活や、限られた空間での食事の工夫を知ることができます。ラグーサ共和国は交易国家でもあり、地中海各地やオリエントから輸入した陶磁器・ガラス製品が取引されていました。展示されている中には、イタリアやオスマン帝国、中国の磁器もあります。

商業書簡・契約書、公文書・海軍命令書などの記録資料です。海軍の規律、航海の安全管理、商船の運航許可などが書かれていました。これらはヨーロッパでも最も進んだ海事法体系の一つとされています。

これはセクスタント(六分儀)と呼ばれる航海用の測定器具です。太陽や星の高さ(角度)を測ることで、船の現在位置(特に緯度)を知るために使われました。18世紀中頃から19世紀にかけて、航海の必需品となりました。セクスタントの登場で、精密な測位が可能になり、海難事故が大幅に減少。大航海時代の後半〜産業革命期の航海術を支えた発明です。
📍Galerija Dulčić Masle Pulitika(ドゥルチッチ・マスレ・プリティカ美術館)

地図上の⑮を過ぎたあたりにある小さな美術館です。クロアチア・ドゥブロヴニク出身の画家、ドゥルチッチ・マスレ・プリティカと三名の名前が付けられています。この方たちは全員ドゥブロブニク出身であり、第二次世界大戦~20世紀後半に作品を残しました。作風は光・色・地中海の自然を主題にした具象〜抽象絵画で戦後のクロアチア絵画の柱を築いたとされています。戦後の暗い時代に、アドリア海の光で芸術を再生させた象徴としてこの美術館に作品が多く展示されていました。
まだまだ載せたい景色もたくさんありますが、とにかくドゥブロブニクに訪れた際はこの城壁巡りは本当に必須です。約2時間弱かけて散策しましたが、あっという間でした。ドゥブロブニクの景色と歴史を楽しむことができる城壁巡りでした。
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