- クフ王のピラミッド
- ピラミッドの建設方法
- ピラミッドすぐそばのジェラート屋
- ピラミッドの内部へ
- 盗掘穴-上昇通路-大回廊-王の間-石棺
📍クフ王のピラミッド https://maps.app.goo.gl/u6vDSGez3rg3CcwL7

時代:古王国時代(BC2500年頃)にクフ王によって建設。

ピラミッドは巨大だがクフ王像はたったの約7㎝程のものしか見つかっていない。名前が刻まれておりクフ王だと発覚した。
用途:おそらく王の墓(発見されたときは遺物やミイラも盗まれており、棺のみだったため。)
大きさ:高さ約139m、230×230mの四角錐
材質:1つ約2トンの石灰岩が約230~300万個積み上げられてできている。
とにかくでかい!のちに知ったのですが、出来上がった当時は白色のトゥーラ石灰岩でできた真っ白な化粧板のようなものが施されていて、ピラミッドの表面は階段状ではなく綺麗に斜めになっており、頂上にはキャップストーンという三角の石が載せられていたそうです。化粧板は違う建物の建設のために剥がされてしまい、キャップストーンは発見されていません。カフラー王のピラミッドの上部に少しだけ化粧板が施されているのを見ることができます。今の見た目でも十分にインパクトがあるのに、当時はもっと神々しいものだったに違いありません。

ピラミッドは一つ一つの石たちもとっても大きくて下段でよく見えるものたちだけでも約1.2×1.2×0.7mほどありました。ピラミッドは下から上にかけて大きな石から小さな石になっているわけではなく、中間あたりでまた大きな石になっているそうです。先にも述べたように重さは一つ約2トン。石から見つかった跡により、てこの原理で持ち上げ、積み上げていたのではないかとされています。様々な説によると1日12時間労働と仮定して5分に一つのペースで石を積む計算になるんだとか。石を運ぶ方法はまだ謎ですが説によると傾斜路というものを用いていたのではないかとも言われています。外側、表面は結構きっちりと積まれていますが、内部のほうは砂やがれきが詰まっていたりなど結構密度に差があるようです。

いずれにせよどのように建設されたのかは未だ謎に包まれたままです。また当時はピラミッドの建設に約2~3万人が従事していたらしく、ピラミッドの近くにも労働者のための村、またパン工房やビール製造所、埋葬されていた骨から骨折の治療の痕跡が発見されています。食べ物や飲み物がお金の代わりに支給され、かつ医療施設や、墓などもあり、奴隷などではなく、正規の労働者として雇われていたことが分かっています。昔のエジプトでは夏ごろにナイル川が定期的に氾濫し、3~4か月程農業ができない時期がありました。多く農民がその時期にピラミッド建設に参加したのではないかと言われており、ピラミッドの建設は言わば、国民に職を与える国家のプロジェクト的なものだったのではないかとされているそうです。
これを知ると、ますますピラミッドが魅力的に見えてきます(笑)
📍ピラミッドのすぐそばのジェラート屋

クフ王のピラミッドに入る前に一旦休憩をということでジェラートを食べました。というのもピラミッドに入場しようとしたら丁度お昼休憩?の時間(11:50~13:00)に被り、閉められてしまい、1時間程待たなければならなくなりました。暑いしちょっと疲れたしということで目の前にあったジェラート屋へ。灼熱の中、ピラミッドを眺めながら食べるジェラートは、かなり観光地価格でしたが最高でした!!
ピラミッドの陰で座って再開を待っている間に、物や水などを売りつけに来る人々に絡まれます。我々は日よけのためと、自分たちのエンターテインメントのためにヒエログリフ模様の描かれたザ・観光客!なストールを購入して頭から被っていたのですが、物売りの優しそうなお兄さんがそれを「貸してごらん」と言って勝手にするっと奪い、頼んでもないのにターバン風にして頭に巻いてくれました。そしてチップを要求してくるパターン。やられたー。細かい紙幣を持っていなかったので、二人で10EGPだけ渡しました。これは少ない金額なのは承知でしたが「これは日本円でどのくらいの価値か知ってるのか?あとEGP20ずつだ。」などと言ってきます。このやり方が文化なのは分かりますが要求してくることにイラっとした私たちは「もう紙幣は無い」と一点張りして追い払いました。最近はどの国でも、その国の文化が嫌なら来るなと言うのを耳にしますが、エジプトなのに日本円でどのくらいの価値か諭してくるのはまた違うのでは?彼ら自身で文化を悪用しているようにも捉えてしまいました(というか半ば強制的に人の物奪って勝手に頭に巻いといて何なんだよ逆ギレ状態、頭に巻かれているときに断ればよかったが良い人だと思ってしまった)。そんなことをしていたら時間になりオープン!
📍ピラミッドの内部へ

再開と同時に長蛇の列になってしまったので少し様子見です。クフ王のピラミッドの正規の入り口は北の面の中央らへん(画像の人が集まっている少し上のあたりのくぼみの部分)にありますが観光客はその少し下の盗掘用の穴から入ります。この盗掘穴は9世紀に中東を支配していたアル・アムーンという権力者によりピラミッドの調査が始められた際に掘られたものです。当時は火薬やダイナマイトなどは無いので石灰石にお酢をかけて溶かしたり、火を焚くなどしてツルハシのみで地道に穴を掘っていき、正式な入り口は隠されていたにも関わらず、下降通路と地下室を発見し大回廊へと合流しました。

しかし彼らが王の間へたどり着いた時、すでに室内はすっからかん、棺のみを発見することとなります。クフ王の遺体、遺物はいつ盗まれたのかも、何があったのかも全く分かっていません。
クフ王の父のスネフェル王の時代から地面より上に部屋が設けられるようになります。それまでの埋葬室は地下に埋葬されていました。地面より上に部屋があることにより、積載物で部屋が崩れる恐れがあったのですが切妻構造(三角屋根の構造)を用いることによって崩れることを防いでいます。クフ王のピラミッドが硬い石灰岩の上に建設されているのはスネフェル王のピラミッドが砂の上に建設したため地盤沈下を起こしたからだとされています。

ということで盗掘トンネルからいざ内部へ!!観光客の道順は入り口→下降通路→上昇通路→大回廊→王の間になります。

入口は普通に大人が立って歩ける感じで、アトラクションのスタンバイの列の様でした。ここで待っていると王の間から返ってくる人たちとすれ違うことになるのですが、この方たちがほぼみんなサウナから出てきたかのように顔が真っ赤、汗だくで、「オーマイガー」「天国だ~」などと言って出ていくんです。どゆこと?(‘ω’)中でいったい何が起きている、、?

少し進んでいくと階段が、お年を召した方たちは転ぶか、ぶっ倒れてしまうんじゃないかと不安になるくらい大変そうでした。足腰、そして体が元気なうちにこのようなところには来るべきだなと痛感。そして偶然すれ違った際にお互い日本人だと気づき、軽く会釈。結構誰にでも気軽に話しかけてしまう私は「こんにちはー。中ってどんな感じなんですかー?そんなに暑いんですかー?(‘∇’*)」と伺うと、「とにかく坂がやばくて、あとは暑いっていうよりかは換気もされないから酸素も薄くて、あと人の臭いが充満してて臭いです!(‘Д’;)」と(笑)「わーまじですかお疲れ様ですーありがとうございますー」と、まさかエジプトでこんな会話するとは思いませんでしたが優しく気さくなお兄さんが教えてくれました。 まじかー楽しみすぎる~(笑)

階段までたどり着くと下降通路の地下への道を見ることができますが、入ることはできません。とにかくすべて急勾配。
階段を少し登ると第一関門の上昇通路です。
📍上昇通路

この道からはもともと存在した正規の通路だと言われています。木の板や手すりで舗装されていますがただの坂道で角度は約26°、大人は腰を曲げてかがんで登らなければならず、足腰力が必要でした。人を映していませんが、登っているときは前の人のお尻しか見えない感じです。そしてとっても狭いので帰ってくる人とは道を譲りあわなければならないほどの幅で、小柄なアジア人たちにとってはまだ大丈夫かもしれませんが、体格のいい欧米、中東系の男性たちにとってはとっても大変そうでした。距離は約40mですが、腰を曲げて少しずつしか進めないのでかなり長く感じました。
📍大回廊

上昇通路をが終ると大回廊です!急に道が開け、天井も高くなります。高さは約9m、長さは約50m。狭いところを抜けてきたからか圧巻の解放感、これが王の間へと続く道かー!と大興奮です。しかしいずれにせよ酸素はかなり薄く空気もこもっていてとっても息苦しい感じでした。大回廊を経ると3~4mほどしゃがんで歩くような狭い通路があり、そこを抜けると王の間です!
📍王の間

やっと王の間へたどり着きました!高さ・幅は約5~6m、奥行きは約10mほどの部屋で、ピラミッドの表面の石材は石灰岩なのに対し、こちらの部屋に使われている石は花崗岩と言ってエジプトの南にあるアスワンという地域でしか取れない、しかも加工がものすごい大変な石でできているそうです。この上には重量拡散の間という空間があり、王の間が重力で崩れたり潰れたりしないようにするスペースがあり、とある情報では2017年に名古屋大学の研究チームが特殊な方法を用いてピラミッドを透視した結果、王の間付近にまだ大回廊に匹敵する30m程の空間があることも発見しているらしいです(日本の研究チームすごい、、)。まだまだ解明されていないピラミッド、、。中にこんな風な部屋があるなんて、、というか入れたことに本当に感動しました。本当にサウナの様なところでしたが、暑さより感動が勝りました。
📍石棺

そして部屋の奥にある石棺です。約2.3×0.98×1.05mの大きさ、内部が繰りぬかれたような構造で、部屋の壁と同じ材質の花崗岩でできています。大きな石を削り、くり抜くようにして作られたらしいのですが、先にも言ったように硬さがあり加工がかなり大変、石棺から見つかった傷跡から、外側はのこぎり状、内側は筒状のドリルのような道具で圧し切って作られたと考えられています。当時の鉄は銅のみで、二人で一日10時間働いた計算で9年かけて一つの棺が出来上がる計算になるそうです。発見されたときは石棺のみ、箱の中身は空でした。
王の間を堪能した後、来た道を戻り出口へと向かうのですが腰を曲げての下り坂はとっても辛く、出口が見え、外も気温は高いはずなのにとっても涼しく感じ、たしかに天国(笑)これから入っていく人たちには汗だくの辛そうな顔をガン見され「オーマイガー」を植え付けてしまいました。ピラミッドを出たころにはすでに膝がぷるぷるで、翌日以降は筋肉痛に襲われました。

ピラミッド内部に入るにはお値段もまあまあしますし、とっても暑く、酸素も薄く、筋力、体力、メンタル全てを試されたような気がします(ちょっと大げさ)。しかしそれに勝る感動とロマンを肌で感じることができました。ギザのピラミッドを訪れる予定がある方がいたら動きやすい服と靴、水分補給の準備と体力づくりもしっかりして、行ってみてほしいです。ということでクフ王のピラミッド内部へ潜入編でした。まだまだエジプト編続きます。
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