エジプト最大の岩窟神殿|アブ・シンベル神殿へ|アスワンから日帰りツアーに参加|エジプト旅行記#20(5日目)

  • アスワンから日帰りツアー
    • 4時:ピックアップ
    • 7時:砂漠のど真ん中のカフェで小休憩
    • 9時:アブ・シンベル神殿到着、自由行動(約1時間半)
    • 11時:集合、バス乗車
    • 16時半:アスワン到着
  • アブ・シンベル神殿
    • 大神殿
      • ラムセス2世
      • オシリス神柱
      • カデシュの戦い
      • 彫刻師のヒエログリフ
      • 至聖所、「太陽の奇跡」
    • 小神殿
      • ネフェルタリ
      • ヌビア総督の石碑

到着翌日、この日はアブ・シンベル神殿へと向かいます。アスワンに来たのはもちろんこの神殿に行くためです。しかしアスワンから神殿まではまた車で4、5時間程かかるので、アスワン発のアブ・シンベル神殿への日帰りツアーを申し込みました。

Get your guideというサイトの高評価が多かったこちらを選択しました。
入場料込みで£52/人です。

ツアーを申し込んでからはアプリがあると便利だと思います。

Apple: https://apps.apple.com/us/app/getyourguide-plan-book/id705079381

GooglePlay:https://play.google.com/store/apps/details?id=com.getyourguide.android&pcampaignid=web_share

前日にアプリを通してツアー会社からのメッセージが届きました。
内容を超簡単に要約すると「アブ・シンベル神殿ツアーは朝の4時にピックアップに向かいます。以下の情報を送ってください。①ホテルの名前とGoogleマップのリンク ②ホテルの部屋番号 ③パスポートの写真」といった感じでした。
ここで問題はこのアプリのメッセージでシステム上写真を送ることができないということでした。しかし、ツアー会社からは写真を送るようにと。写真を直接添付出来ないのに、それ以外の方法を教えてくれない感じがエジプトっぽいなという印象です。どうしようと思ったのですがGoogleフォトに一度保存して、それをリンクにして貼り付けると、送ることができました◎

そして早朝4時頃にホテルの前で待機します。まだ夜中かと思うくらい真っ暗ですが、意外と時間通りにバスが到着し、気さくなガイドさんがお迎えしてくれました。

4時頃

バスの中は真っ暗闇で何も見えません(笑)大型バスにはほぼ満席状態です。
ちなみにホテルは朝食付きだったのですが、前日に翌日は早朝からのツアーに参加する旨を伝えるとレセプションに朝ごはんを詰めた物を置いてくれました。我々意外の朝ごはんも置いてあったので、あるあるなのでしょう。

ヨーグルト、リンゴ、キュウリ、マンゴージュース。

ハムとチーズのパン、甘い系の菓子パンがたくさん詰められていました。

6時頃

やっと朝日が昇ってきます。見渡す限りの砂漠と道路一本しかないような道をひたすら走り続けています。ちなみにアジア系の乗客はおらず、ヨーロッパ系が多かったような気がします。みんな同じようにホテルから朝ごはんのお弁当箱を持参していて、どうやらクルーズ船に泊まっているような人たちばかりです。

📍Sarab coffee shop  https://maps.app.goo.gl/mxgLvpGP3iAXh3kj7

7時頃

3時間程走ったので休憩を挟みます。ここは砂漠のど真ん中にある唯一のカフェで、他のツアー会社のバスも大量に立ち寄っていてここでみんな一斉にコーヒー、たばこ、トイレ休憩です。アイスやスナック菓子なども売っていました。トイレは有料でEGP20程でした。

周囲は見渡す限りの砂漠で鉄塔以外何もありません。

ツアーバス

記念にバスの写真も撮っておきます。

📍アブ・シンベル神殿 

そこから2時間弱ほどでアブ・シンベル神殿に到着です!エジプトの南に位置していて、場所的には隣国スーダンがすぐそこといった感じです。

9時頃 ビジターセンター

バスを降りてまずは小さなビジターセンターへ。ここにはアブ・シンベル神殿の歴史とミニチュア模型が展示されています。ツアー客の中にはチケット料金を含んでいない人もいたようで、客名簿の確認とお金を回収したりなにやらごちゃごちゃしていました。ガイドさんがチケットをゲットするまで少々待機です。

9時過ぎ

無事チケットを受け取って、神殿の方へと向かいます。10分もしない距離を少しだけ歩きます。目の前に広がっているのはナイル川ではなく、ナセル湖と言ってダムによってできた人口湖です。

そしてとうとう見えてきました!奥に見えるのが大神殿、手前に見えるのは小神殿です。見えてきた時点でみんな歓声です。「ワーオ」が連発(笑) 私たちも大興奮です。一旦木陰に集まり、軽く神殿やラムセス2世とその妻ネフェルタリ、壁画に関する解説をしてくれます。ガイドさんは神殿内には入れないシステムなので(エジプトあるある?)、ここから一時間半ほどの自由時間となります。

📍アブ・シンベル神殿 大神殿

9時半頃

建設:新王国時代(第19王朝)のファラオ、ラムセス2世(在位:BC1279-1213年頃)によって建設。BC1264年頃に着工し、約20年後、ラムセス2世が約50歳頃に完成したと考えられている。山をくりぬいて作られたエジプト最大の岩窟神殿と言われている。
主神:ラー=ホルアクティ(ラーとホルスの融合神)。

1960年代にアスワン・ハイ・ダムにより作られる人口湖(ナセル湖)に神殿が水没する可能性があったため、元々建設された場所から63m高く、129m西に移動・再建。移築はユネスコにより行われ、世界中から約100億円が集められたとされている。この神殿の救出がユネスコの世界遺産の成立にもなった。

大神殿を807個、小神殿を235個に切り分けて運び、4年半かけて移築工事をし、「太陽の奇跡」を再現するために精密な測量と計算のもと行われた(太陽の奇跡に関しては後述)。

https://www.sekaken.jp/ より 移築の様子
ナセル湖

神殿はこの湖に沈むところだったらしいですが、たくさんのお金と努力により無事移築できたということです。ということで、いざ大神殿へ。

写真ではなかなか伝えにくいですがとにかくでかい!大迫力のラムセス2世、高さは約20mです。左から二番目の座像の頭は彼の治世31年あたりに起きた地震で落ちてしまい、そのまま放置されています。移築の際にも直さなかったんですね。
座像は4体、年齢ごとのラムセス2世を表しており、それぞれに名前が付いています。
左から①異国の支配者たちの太陽(30歳)、②2国(上エジプトと下エジプト)の支配者(40歳)、③アメン神に愛されし者(50歳)、④アトゥム神に愛されし者(60歳)となっていて、座像の右肩らへんに名前のカルトゥーシュが刻まれています。それにしても異名のクセというか、かなり最強な人物なように聞こえます。

📍ラムセス2世(メモ)
新王国(第19王朝)ファラオ、在位はBC1279年〜1213年(約66年間)、長い治世に膨大な建造物を残した。エジプト史上、最も有名で最も長く統治した王の一人「ラムセス大王」と呼ばれる。当時としては異例の長寿で、約90歳前後まで生きたとされ、死後も「偉大なる王」の象徴として語り継がれる。
主な建築物:ルクソール神殿の増築、アブ・シンベル神殿、各地に巨大な地震の像を建立。
軍事と外交:カデシュの戦いの後、ヒッタイトと世界最古級の平和条約を締結。
家族:妻・側室が多数(60人以上)、子どもは約100人。
墓:王家の谷(KV5)にあるが、有名な王だったため多数の盗掘に合い遺物は残っていない、隠し穴を探すために壁画も剥がされてしまっている。さらに洪水で水が浸入してきたことにより保存状態はあまり良くない。しかしミイラだけは死守しようとして墓から墓へ移動して守られたため現存。研究により、ラムセス2世は身長:170-173㎝、赤毛の巻き毛、鷲鼻だったことが分かっている。彼の息子たちの墓も集合墓として発見されており、入り口が一つだが、200室近くの部屋が見つかっている。

ラムセス2世、その息子たちに関する記事はルクソール神殿にも↓

内部へ入っていきます。

オシリス柱

中にはラムセス2世がオシリス神になった姿の柱が並んでいます。とにかくラムセス2世がたくさんいる神殿です。

オシリス神

オシリス神:冥界・死と生を司る神で、「力強い者」が語源になっています。エジプト神話ではオシリス神が最初にミイラ化され、死に打ち勝ち再生を果たしました。また、人間にミイラ化の技術を教えたとされています。古王国(第4王朝)時代から崇拝されていて、復活信仰の根源です。

ツタンカーメン王墓でもツタンカーメンがオシリス神と化した壁画が描かれています↓

神殿内は色々なところに道や部屋がたくさんあるわけではなく、意外とシンプルな作りになっていて、左右の壁には第1回シリア遠征とカデシュの戦いのレリーフが残されています。

第1回シリア遠征 ラムセス2世:治世4年

ラムセス2世が戦車に乗って弓矢を引いている様子です。腰に手綱を付けて馬を操っていたそうです。馬の脚がたくさんあったりするのは躍動感を出すためなんだとか。漫画要素を感じます。

カデシュの戦いのレリーフは戦いだけではなく、戦う前の戦争会議の様子から物語のように描かれています。座っているラムセス2世と、ヒッタイト軍の脱走兵が捕まり、軍の配置などの情報を渡す場面が描かれています。しかし実は彼らはわざと捕まってヒッタイトに関する嘘の情報を流し、その結果ラムセス2世は罠にハマってしまいます。ラムセス2世は2500の敵軍に囲まれてしまいますが、一人で1000の戦車を倒したという伝説があるそうです。どこからどこが本当なのか、、かなり脚色されている気がしますが(笑)

カデシュの戦い:アムルという国をめぐってBC1286年頃にシリアのカデシュで起きた、ラムセス2世とヒッタイト(現在のトルコ)の覇権争いで、世界最古の公式な軍事記録と成文化された平和条約(カデシュ条約)が結ばれたことが有名です。エジプト2万の軍隊に対し、ヒッタイト4万の軍隊で事実上は引き分け、その後両国は長期平和条約を結んだとされています。

カデシュの戦い:位置関係
カデシュの戦い

ラムセス2世が出陣している様子、馬の名前は「テーベの勝利」、その下に描かれているのは飼っていたライオンで名前は「殺す者」と言うそうです(笑) このライオンが戦いで大活躍したんだとか。ラムセス2世の勇敢な姿を残した素晴らしいレリーフなんだろうけれど、本当にどこからどこまで信じればいいのか分からない情報量です(笑) 神殿内はとにかくラムセス2世の武勇伝が描かれまくっています。

カデシュの戦い

この神殿の見どころの一つに、なんと壁画を手掛けた彫刻師の名前があるんです。
ラムセス2世が敵を捕らえているこの壁画の左下にあります。

彫刻師の名前

彫刻師の名前は「ピアイ」という人だそうです。通常では彫られていないものになるのでとても珍しいです。ヒエログリフの表を見ても、どうやってピアイになるのかは不明ですが、見つけられてよかったです。

至聖所

至聖所には左からプタハ神、アメンラー、ラムセス、ラーホルアクティ太陽神が並んで座っています。ラムセス2世は一つの神にだけ力を入れすぎるとその神が強くなりすぎるため、力を分散させ、その間に自分を座らせる形をとり、自らは完全に神と同格ということを表しています。
ここは2月22日と10月22日に太陽の光が至聖所に真っ直ぐ入る「太陽の奇跡」と呼ばれる、とても神秘的な様子を目にすることができるそうです。しかし毎年大混雑で、神殿内はおしくらまんじゅう状態だそうです。

📍アブシンベル小神殿

大神殿の隣にあるネフェルタリに捧げられた神殿。ラムセス2世の立像4体、ネフェルタリ立像2体、足元には子供たちが並んでいる。王妃像がファラオ像と同じ大きさで並んでおり、これは極めて異例で、ラムセス2世が彼女をファラオに並ぶ存在として認めていた証拠であるとされている。

主神:ハトホル神、

ハトホル神

ハトホル神:天空の女神で母性、愛、治癒の象徴です。夫の一人はアブ・シンベル大神殿の主神であるラーホルアクティ(その他複数の夫がいる)。牡牛の耳を持っています。

📍ネフェルタリ(メモ)
ネフェルタリという名は「美が似合う者」、「美にふさわしい者」、「完全なる美を持つ者」を意味する。正式称号は「女神ムトに寵愛されし者」、「王の正妃」、「二国の女主人」とされ、神聖性を帯びた国家的象徴とみなされていた。

ネフェルタリ 墓室内壁の肖像 Wikipediaより

出生と結婚:詳細は不明だが「王の娘」の称号を持たないため、王族出身ではなく、上エジプトの有力貴族の家系出身と考えられている。ラムセス2世が王になる前の15歳、ネフェルタリが13歳の時に結婚。ラムセス2世との間に少なくとも6〜7人の子どもがいたが王位を継承した子はおらず、王位を継いだのはイシス・ネフェルト1世との息子:メルエンプタハだった。それでもネフェルタリの評価や扱いが下がることは無く、彼女のために神殿が建設された。
外交的役割:ネフェルタリは、現代で言えば「大統領夫人」「国家の顔」に近い役割を果たし、エジプトとヒッタイトの平和条約締結後に、ヒッタイト王妃プドゥヘパに直接手紙を送っている。内容は友好関係の維持と王妃同士の信頼の表明に関するもので、王妃が国際外交文書に登場するのは非常に珍しく、知性と政治的信頼を備えた人物だった。
ネフェルタリの墓:ルクソール西岸の王妃の谷にあり、1904年にイタリア人考古学者によって発見された。壁画の保存状態が極めて良好で墓の内壁全体が、神々と交流するネフェルタリの姿で埋め尽くされており、古代エジプト美術の最高峰と称されている。見学可能だが、特別墓のため入場料は2000EGPとかなり高額。

それでは小神殿を見ていきます。

📍ヌビア総督の石碑

神殿の外側、向かって右側にあるレリーフ、石碑の様なものです。こちらにはアブ・シンベル神殿を建てた人のヌビアの監督官、総督であるイウニという人の名前が記されているそうです。先ほどの歴史には直接登場しない彫刻師や、当時の総督のなどの人物が出てくると、ちょっと嬉しいのは何故なんでしょうか。

ハトホル神柱

小神殿はかなりこじんまりとした作りですが、ファラオが王妃のために神殿を建設すること自体がかなり凄いことです。壁画は全体的に、ラムセス2世とネフェルタリが神々に捧げものをしているレリーフ、夫婦の仲睦まじい姿を現しているものが多いです。

セト神、ラムセス2世、ホルス神

ホルス神とセト神がラムセス2世に王冠を授けているレリーフです。ラムセス2世の父はセティ1世はセト神から来ている名前だからでしょうか、セト神が大きく描かれたものは珍しい気がします。

ハトホル神、ネフェルタリ、イシス神

ネフェルタリがハトホル神とイシス神から戴冠している様子です。王妃が戴冠するシーンは初めて目にしました。それほどネフェルタリの存在が重要なものだったことをこちらからも分かります。

ツアーの自由時間は約1時間半ほどでした。少し勉強して目的のレリーフを探したりしてじっくりと神殿を見ていたので正直時間は足りませんでした。写真だけ撮ったりする分には十分ですがもう少し時間が欲しかったというところが正直な意見です。あっという間に集合時間になってしまいました。

集合場所はビジターセンター付近にあるカフェ、お土産エリアです。コーヒーやスムージーなどの飲み物、アイスなども売っていて、かなり暑かったのもありここでみんな休憩していました。

mochiと書かれた謎のスナックたち、海外では日本の’餅’の様なものが人気です。色々な国の言葉で書かれたガイドブック、香辛料などなどたくさん売っていました。
時間になり、ぼちぼち人が集合しだすと、ガイドさんが順番に「アプリを開いて、高評価、☆5つ付けて~」と言いながら一人一人のスマホをチェックして半ば強制的に、というか自分で高評価を付けて回っていました。エジプトではタクシー会社もそうでしたが、評価をやたら気にするのでしょうか。営業努力は認めますがあからさまというか、かなり厚かましい(笑) なるほどこれは確かに高評価が付いているはずだわといった感じです。バスは快適でしたが、お値段の割に自由時間が短かったのもあり、極めつけの強制高評価で個人的には☆5では無いかな、、と(笑)。日本人からするとサービスは日本がやはり一番だなと感じます。しかしアスワンから遠く離れたアブ・シンベル神殿に来れたのはとってもありがたかったです。
バスに乗り、同じ道のりで砂漠のカフェにも寄り、16時半ごろにアスワンのホテルへと到着しました。

今回はエジプトの南にある岩窟神殿、アブ・シンベル神殿についてでした。ラムセス2世やネフェルタリに関して勉強していったのでかなり楽しむことができました。まさか自分がこんなにエジプトの南に来るなんて思ってもいなかったので、本当に来れて良かったです。エジプト旅行記も終盤に近付いていっています。

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